京都地方裁判所 昭和46年(ワ)402号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告らは、同訴外は死亡時六三才に達していたが、生来強健で義弟経営の晒工場で軽作業に従事し年収金七四万四、八二一円を得ていたが、なお今後一〇年間就労して少くも同額の収入をあげ得た旨主張し、<証拠>に徴し右主張事実はほぼこれを認めることができる。
しかしながら訴外人の年令並びに<証拠>によつてうかがわれるその勤務先の状況を考えると、訴外人がなお一〇年間就労することは可能であるとしてもその収入が死亡時のそれを下廻らないことの保証はないわけであるが、昭和四五年賃金センサス第一巻によれば従業員一〇ないし九九人程度の企業で働く六〇才以上の労働者の平均年収は金六八万一、八〇〇円であることが明らかであるので、同訴外人は事故時より一〇年間同額の収入をあげ得たものと認めることができる。
(富川秀秋)